不動産投資家の方からよく頂く質問に、
「物件を個人から法人に移すことはできないのか?」
というものがあります。
特に、
個人所得の高い方が、個人で築古償却物件を購入し、償却が終わったあとに法人に移す。
という話が多い気がします。
これは、可能であれば理想的なプランですよね。
築古物件を個人で保有し、減価償却をガッツリ取って、所得税を還付する。
償却が終わったあと、個人で保有していると、デッドクロスで税金で大変になるので法人に移す。
このような理想的なプランは誰しも想像するものですが、実現できた事例は正直ほとんど知りません。
また、最初に物件を購入した際は特に何も考えずにとりあえず個人で買ったが、よく考えると個人所得も高くメリットはなかったと後で知った。
というようなケースもあるかもしれません。
いずれにせよ、個人から物件を法人に移転できたという話はほとんど聞きません。
その理由は、
① 法人での資金調達の問題
② 移転時コストの問題(税金・違約金)
の2つの問題が多くのケースで解決できないからです、
それぞれ一つづつ確認していきましょう。
1.法人での資金調達の問題
通常、個人で保有している物件は、融資を受けて購入しているでしょうから、
個人名義で銀行の抵当権が付いています。
個人から法人に物件を移すということは、どういうことなのでしょうか?
これは、登記簿謄本に記載されている個人名義の所有権を、法人名義の所有権とすることです。
通常は、民法上の売買という形態を取ることになります。
(ちなみに、現物出資は手続きが煩雑すぎるので、実務上は行われません)
個人から法人に物件を移転するということは、言い換えると、個人から法人に物件を売却するということなのです。
通常、物件の譲渡を行う際に必ず行わなければならないことがあります。
それは、個人(売り主)についている銀行の抵当権を、一旦外す必要があるということです。
つまり、個人の借入金を一括返済する必要があるということです。
勝手に所有権だけ変更しちゃえばいいんじゃない?とお考えの方が多いかもしれませんが、個人名義の抵当権が設定されている以上、勝手に所有権を法人に移転することは絶対にできません。
そのためには一括返済できるだけの資金が必要になります。
では、その資金をどのように調達するか。
それは、物件を移そうと考えている法人の側で、銀行から資金調達する、という方法しかありません。
この法人で調達した資金を、物件の売却代金として、個人に支払う。
その後、個人で受け取った資金を使い、個人の借入金を一括返済する。
という流れになるわけですね。
この点は、第三者間との売買とお金の動きは全く同じです。
第三者間売買であっても、買い主が払った売買代金を売り主が受け取り、その中から銀行に繰り上げ返済を行うことで買い主名義の抵当権を解除しますね。
このときに問題になるのが、果たして法人で銀行融資が引けるか、という点なのです。
当然ながら、法人で融資が引けなければ、個人の側で抵当権解除のための一括返済ができません。
結局買い主に融資がつかないと不動産の所有権移転はできないわけです。
これは、自分個人から自分の法人に物件を移転する場合であっても同じです。
個人で融資を受けられている物件なのだから、法人でも融資が出るだろう、と思いがちですが、実はそう簡単なことではありません。
償却目的で購入した不動産は、概ね築古物件になります。
さらに、個人で受けた融資も、最近まではフルローンで融資を受けた方も多かったでしょう。
もちろん、購入してからさして時間も経っていませんから、残債も減っていません。
では、その残債を一括返済するだけの融資を、法人の側で受けられるのでしょうか?
これがなかなか難しいのです。
築古の物件は多くの場合、銀行の評価が伸びないからです。
また、築古の物件を購入される方が最初に使う銀行は、概ね築古を得意とする銀行・ノンバンクが多いです。
そういった、築古を得意とする銀行は、築古物件への評価が高かったり、属性重視で融資をしたりするので、フルローンなど多額の融資を出してくれます。
問題は、築古物件に高い評価を出す銀行は、実はそれほど多くない点です。
また、実際のところ、物件単体では融資できないけど、属性を見て個人だから融資してくれた、というケースも結構多いものです。
特に、法人での借り入れとなると通常プロパーローンになりますから、築古物件に急に厳しくなります。
結果、今借りている銀行の残債並みに法人で融資してくれる銀行が無い。
ということになりがちです。
また、今の銀行が貸してくれているのだから、今まさに借りている銀行であれば自分の法人への融資に前向きのはず、という点も、確かにそういうこともありますが、そうでないことも多いのです。
先ほども記載した通り、個人に融資する際と法人に融資する際に融資基準が違うということはよくあることです。
また、「借りた時と不動産に対する融資姿勢や基準が異なっている」ということもよくあります。
例えば借りたときは不動産にガンガン融資していたが、今はほとんど門前払いしているような銀行はよくありますが、こういった銀行は、貸したときは貸せたけど、今はあなたに貸せません、と平気で言っています。
また、貸したときはフルで貸せたけど、今は頭金3割必要なので、法人移転時に頭金3割入れてください、と言われることもよくあります。
要するに、法人から個人への移転は所有権者の移転ですから、銀行でも再度の審査が必要になり、その際には昔の融資基準ではなく今の融資基準が適用されるということです。
個人から法人への物件移転は、このように、法人での資金調達がネックとなるわけです。
私自身、償却を取り終わった物件を、個人から法人に移転できた例は、かなりの資産家などの場合で事例があるのを知っているだけです。
世の中で言われる、個人物件を法人に移して節税しよう、というのは、基本的に地主などの資産家向けの節税アドバイスです。
資産家は物件を無担保で保有していたり、個人の借り入れを一括返済できる金融資産を保有していたりするので、結構すんなりできてしまうところはあります。
ただ、高いローン割合で融資を受けて物件を購入する不動産投資家が、簡単に実行できるものではありませんから、注意しましょう。
2.移転コストの問題
次に、個人から法人に物件を移転する際のコストのことを考えてみましょう。
まずは、譲渡所得税のことを考えなければなりません。
通常、個人から法人に物件を移転する場合、簿価で移転することが多いです。
つまり、簿価を売却価格として、個人から法人に売却するということですね。
簿価で法人に売却することで、個人の側では譲渡税は発生しないというわけです。
しかし、不動産投資家は、通常は簿価で物件を移転することはおそらく現実的には難しいでしょう。
なぜでしょうか?
これは、前段と大いに関係するところですが、個人の借入金一括返済の資金を、法人から売却代金として受け取るためです。
つまり、残債を一括返済するためには、売買代金を残債以上に設定せざるを得ないのです。
一方、簿価はどうでしょうか?
購入した物件が償却目的の築古木造アパートなどになると、通常4年程度で償却してしまいます。
この結果、建物の簿価が1円になっています。
また、短期償却によって簿価を急速に切り下げる一方、金利2~3%で30年返済だと、4年後になっても残債はほとんど減っていません。
簿価は必ず残債を下回るでしょう。
このため、個人サイドで譲渡所得税を発生させないために、簿価で自分の法人に売却するという方法はとることができません。
簿価で自分の法人に売ってしまうと、個人の残債を繰り上げ返済するだけのキャッシュが個人サイドで発生しないからです。
法人で融資を受ける場合でも、通常は売買金額までしか融資をしてくれません。
この売買金額を簿価にしてしまうと、個人の抵当権を解除できるだけのお金が無い、という事態に陥ってしまいます。
もちろん、差額を手持ちの金融資産で埋めることができるのであれば別ではありますが。
要するに、簿価ではなく、最低でも残債を売買金額とせざるを得ませんが、簿価が残債を下回っている以上、どうしても売却益が生じてしまうわけですね。
結果、残債程度に設定した売買代金であっても、意外と大きな譲渡所得が生じる、ということになりがちです。
この譲渡所得に対し、短期譲渡なら40%、長期譲渡なら20%の税金がかかるわけです。
このため、償却目的資産を法人に移すと、ある程度の譲渡税が生じてしまうことを覚悟しておかねばなりません。
さらに、個人から法人に所有権移転登記を行いますから、以下の税金が法人サイドで生じます。
- 所有権移転に係る登録免許税
- 抵当権設定に係る登録免許税
- 不動産取得税
融資を受けている銀行がある以上、登記を自分でやるわけにも行きませんから、司法書士に支払う報酬も必要ですね。
また、融資の繰り上げ返済による違約金も頭の痛い部分です。
不動産投資家に積極的に融資してくれる銀行や、築古の物件に積極的に融資してくれる銀行は、繰り上げ返済に違約金を設定していることが多いです。
繰り上げ返済額の1~2%というケースが多いのではないでしょうか?
また、通常の銀行融資であっても、不動産投資では固定金利が設定されていることが多いですが、固定金利期間中に繰り上げ返済する場合はこちらも違約金が発生しますね。
こういった違約金もまたコスト\となります。
これらのコストを計算していくと、では法人に移したからと言ってどの程度のメリットになるかはなかなか微妙なラインです。
つまり、個人の物件を法人に移すことによる節税とは、所得税率と法人税率の差を節税に活用するということです。
法人の実効税率を25%程度と考えて、今所得税の限界税率が35%であったとすると、節税幅は10%です。
この10%の差が、移転時のコストを回収するのはいったい何年後なのか、ある程度詳細なシミュレーションをしてみないとわからない部分ですね。
まとめ
このように考えてくると、個人から法人に物件を移転するというのは、実際に実行できる人は意外と少なくなるものです。
というか、フルや9割融資を受けた不動産投資家が、保有して数年後に検討できる選択肢では基本的にありません。
何が言いたいのかと言うと、不動産を最初は個人で買って、不都合が生じれば法人に移す、というようなトリッキーな策は実際現実的ではないのです。
物件を購入するときは、個人名義で買うのか、法人名義で買うのか、何を目的に買うのか、そういった部分をしっかりと考えておくことが必要になるでしょう。