決算書は、購入したものは購入した値段で記録されます。
つまり、市場より安く買ったのか、高く買ったのかの方法は表示されません。
時価は、決算書には現れないのです。
しかし、時価を決算書に記載する方法が一つあります。
賃貸等不動産の時価に関する注記ですね。
今回はその内容と有効性について確認してみましょう。
決算書の悩み 不動産の時価を反映できない
決算書を作成する上で悩ましいことは、時価で記載できないことです。
時価1,000の物件を600で購入できた場合、購入時点から含み益400を持っているのですが、この情報は決算書に記載できません。
あくまで、資産には600が計上されるだけで、含み益400は無視されます。
なぜなら、決算書を作成する大原則は、「取得原価主義」だからです。購入したものは購入した値段(つまり取得原価)で決算書(貸借対照表)に載せなければならないのです。
企業会計原則 第三貸借対照表原則
(資産の貸借対照表価額)
五 貸借対照表に記載する資産の価額は、原則として、当該資産の取得原価を基礎として計上しなければならない。
ということですね。これは「しなければならない」ということなので、資産は必ず取得価格で計上するということになります。
含み益が400あるということだと、それは決算書からは読み取ることはできず、物件を売却して売却益400が実際に実現して初めて法人の決算書に出現することになります。
一方、これでは会社が保有する不動産の時価が全く見えなくなってしまいます。
時価1,000の物件を600で購入できているので、見た目以上に財務状態が健全なのだ、というアピールを何とかできないものかと考えるのも当然ですね。
基本的にはこれはできないことなので、あきらめるしかないのですが、1つだけ制度上採用できる方法があります。
貸借対照表上の資産金額をいじることはできないのですが、不動産の時価を「注記」できるようになっています。
決算書は、通常「損益計算書」「貸借対照表」「株主資本等変動計算書」「注記表」の4つで構成されています。この最後の「注記表」に不動産の時価を掲載することができるというわけですね。
これが、賃貸等不動産の時価に関する注記です。
賃貸等不動産の時価に関する注記とは?
企業会計基準第20号 賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準
というものがあります。
ここに、不動産の時価を注記する際のルールが定められています。
まずは、どのような内容を注記することになっているのか見てみましょう。
賃貸等不動産に関する注記事項
- 賃貸等不動産を保有している場合は、次の事項を注記する。ただし、賃貸等不動産の総額に重要性が乏しい場合は注記を省略することができる。また、管理状況等に応じて、注記事項を用途別、地域別等に区分して開示することができる。
(1) 賃貸等不動産の概要
(2) 賃貸等不動産の貸借対照表計上額及び期中における主な変動
(3) 賃貸等不動産の当期末における時価及びその算定方法
(4) 賃貸等不動産に関する損益
この(3)において、当期末における「時価」を開示できるということになっていますね。
この時価って何なの?という点は、賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準の適用指針に以下のように記載されています。
賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準の適用指針
賃貸等不動産の当期末における時価及びその算定方法賃貸等不動産の当期末における時価とは、通常、観察可能な市場価格に基づく価額をいい、市場価格が観察できない場合には合理的に算定された価額をいう。賃貸等不動産に関する合理的に算定された価額は、「不動産鑑定評価基準」(国土交通省)による方法又は類似の方法に基づいて算定する。
なお、契約により取り決められた一定の売却予定価額がある場合は、合理的に算定された価額として当該売却予定価額を用いることとする。
ここに記載してある通り、賃貸用不動産の時価とは、「不動産鑑定評価基準」による方法とされているので、要するに不動産鑑定評価額のことですね。
開示対象となる賃貸等不動産のうち重要性が乏しいものについては、一定の評価額や適切に市場価格を反映していると考えられる指標に基づく価額等を時価とみなすことができる。
あとは、この「適切に市場価格を反映していると考えられる指標」であれば、路線価や公示地価、固定資産税評価額といったものも使用可能です。
ただ、大原則として、路線価や固都税評価額は銀行の担保評価と密接に関係しており、自分の保有する物件の価値はそういった担保価値を大きく上回るものだ、という点をアピールしたいわけですから、路線価や固定資産税評価額を使って注記する意味はあまり無いのであないかとも思います。
ですので、不動産鑑定評価を取得し、取得金額を上回る価値のある物件なのだ、という点をアピールするために使用するというのが基本的な考え方でしょう。
どのようなときに活用できる?
この注記を活用する余地があるのは、積算評価よりも実勢価格が高くなってしまう首都圏で物件を購入した場合でしょう。
首都圏は物件を購入すると、即座に債務超過となってしまう場合が多いです。
購入希望者が多く、価格が上昇しがちであるのに対し、銀行の評価方法は相続税路線価などによっていますので、銀行が見る担保価値と、実際の売買金額の間に大幅な乖離が出る場合も少なくありません。
一方で、例えば不動産鑑定評価を取得した場合、収益物件の場合鑑定評価は基本的に収益還元法で評価されるので、購入金額との乖離が大きくならないケースもあります。
また、乖離があっても、路線価などよりは大きく乖離幅が小さくなるでしょう。
このため、保有している物件は、路線価ベースだと確かに債務超過だけども、時価(鑑定評価)ベースだと全く債務超過ではないのだ、という点のアピールに使えるわけですね。
不動産時価の注記はどこまで役に立つか?
確かにこういった注記ができるというのは事実なのですが、では実際に銀行への融資申し込み時にどこまで役に立つか、というと、正直なところ個人的にはあまり役に立つという印象はありません。
まず、賃貸用不動産の時価に関する注記は、企業会計基準委員会によって公表されているものですが、これは上場企業の開示資料、例えば決算短信や有価証券報告書に記載されることを前提としており、一般的な中小企業が適用するという想定はありません。
もちろん、適用してはダメだというわけではないのですが、何が言いたいのかというと、普通の中小企業の実務上出てこないので、賃貸等不動産の時価に関する注記のことを銀行員が知らないのだ、ということです。
一般的な銀行員が相手をしている中小企業においてこの注記が行われていることが想定されないので、そもそも知らないのです。
私自身、自分の法人の決算書に賃貸等不動産の時価に関する注記をしていましたが、一度も銀行員から積極的な質問を受けたことがありません。多分気づいていません。
ですから、決算書の注記表に記載された時価を、銀行員が勝手にみて評価してくれる、ということは通常ありません。
こちらから、簿価より時価の方が高い物件を保有していますよ、時価を書いていますよ、とアピールする必要があります。
また、上場会社は監査法人による監査を受け、監査人が適正意見を表明するというプロセスがあるので、この注記表の内容にも信頼性があるわけですが、中小企業の場合はそういうわけではありません。
税理士が決算書を作るという点はありますが、税理士は監査をしているわけではありません。
注記されている時価の適正性までは税理士は見ていないのです。
そういうわけで、注記表に時価を書いたからそれをそのまま信用してもらえるということはなく、その証拠として不動産鑑定評価書などを提出して初めて意味があるでしょう。
ですから、注記表に時価を書いたとしても、銀行員に書いたといわないと気付いてもらえないでしょうし、また実際の不動産鑑定書を提出しないと特に信じてもらえるものでもないでしょう。
であれば、最初から決算書を提出する際に、時価の高い不動産を保有していることを伝え、その証拠として不動産鑑定評価書を添付して提出したらよいのであって、わざわざ注記表に記載する必要性があるのかと言われると、ちょっと考えてしまいます。
上場企業に適用されるというのは、つまり不特定多数の株主や投資家に会社がいちいち説明することは困難なので、注記に書いて一律に知らせるという効果があるわけです。情報は注記に書いているから勝手に読んで判断してね、ということです。
一方、中小企業が決算を説明する必要があるのは銀行だけなので、別に毎回説明しようとすればできるし、そもそも個別に説明しないと前述の通り銀行も気づいてくれないので、それはいちいち説明すれば良いのではないか?というわけです。
また、会計基準にのっとり注記をした、という以上、注記としての合理性は確保する必要があります。
鑑定評価を一度とったとしても、その後その注記に記載する鑑定評価額を時点修正したり、あるいは数年に一回は鑑定評価を取り直す必要が出てきます。
毎年同じ鑑定評価額を載せ続けているとなると、そのようなものはだれも信用しないでしょう。
こういったコストを、効果が良くわからない注記のためにかけることが合理的かという観点もあるでしょう。
こういった点を考えて、注記表に賃貸等不動産の時価に関する注記をするかどうか、検討してみることになるのではないかと思います。